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2016

福岡市博物館おすすめのへし切・日本号ゆかりの地を訪ねる・その2

※2016/01/05 追記:光雲神社を忘れたので追加しました。すみません。

明日からいよいよ圧切長谷部が公開されます。人出はどんなことになるのでしょうか? PM2.5の値も高そうだし心配です。
暇だから行けそうだったらいくのですが……。

博多駅の黒田武士像(正面)

この記事では福岡市博物館ブログで紹介されていて、自分の記事で取り上げていなかった場所について取り急ぎ、まとめています(急いで書いたので、後で書き換えるかもしれません)。
一部カメラ忘れて携帯のカメラで撮ってますが、「行ってみよう」という方の参考になれば。

※天神周辺の日本号ゆかりの地については、別記事にまとめています。
一応博多駅から近い順、のつもり

黒田節像


博多駅にある、日本号と大杯と持った母里太兵衛(と思われる)の像。
博多駅の黒田武士像
駅前中央に立っていたこともあったと思うのですが駅ビル建て替えの工事などがあって、今は博多口側のウェーブを描く大屋根の隅のほうで佇んでいます。下の写真の右下のほうです。裏面の制作の経緯を見てくるのを忘れました……。
博多駅の大屋根(黒田武士像の矢印つき)

ただ2つ残念なところがあって、穂先が曲がって見える上、黒いビニールテープで覆われているのです。
何かまだ動かす予定があったり修理予定があったりするのでしょうか。

東長寺 黒田家墓所


博多駅から大博通りを歩いて10分程度のところ、おかき・せんべいで有名な「もち吉」の隣にある東長寺。
東長寺の門

東長寺境内

境内に朱色がまぶしい五重塔付近に、黒田家2代藩主忠之らの墓所があります。
大博通り沿いの一番明るい場所にあるのが黒田忠之の墓。
福岡藩主黒田家墓所(東長寺)

黒田忠之は長政の息子(官兵衛の孫)で、お家騒動「黒田騒動」の原因をつくってしまった人。刀剣乱舞的には、「博多藤四郎」の号の由来となったエピソード(小笠原忠真に博多藤四郎を小倉表の海上で贈った)で関係あるといえばあります。

ちなみに東長寺はこの墓所のほかにも、福岡大仏とその下の地獄めぐりが割とおすすめです。
この周辺は聖福寺・承天寺とお寺が多い寺町となっています。承天寺は16:00までですが、どちらもいい雰囲気のお寺です。櫛田神社も歩いて行ける距離にあります。

崇福寺 黒田家墓所


黒田官兵衛(如水)、長政ら黒田藩主の墓所。土日のみ公開
崇福寺黒田家墓所内部

地下鉄だと箱崎線 千代県庁口(H03、博多駅からは中洲川端駅まで行って貝塚行きに乗り換え)から徒歩15分程度。
行き方が難しいので、まずは崇福寺(下写真、ここまで行くのもちょっと変な感じの交差点を通る)まで行って、墓所入口までの案内板を見ることをおすすめします。
崇福寺黒田家墓所への案内板
崇福寺黒田家墓所への道

道中はこんな感じの道で最後の角以外案内は見つけることはできませんでした(その案内も、よくみればアパートの1階の窓に紙が貼ってあるだけで、工事の交通整理のおいしゃんが教えてくれなきゃ多分たどり着けなかった)。
福岡藩主黒田家墓所入口

墓所内は北口(入口)付近に警備員の方が立っているだけで、11月の終りは訪れる人もまばらでした。
墓所中央の朱が塗られた跡のある墓が官兵衛、その隣の墓が長政の墓です。
お墓の他には軍師官兵衛放送時に作られたと思われる黒田官兵衛、黒田長政、黒田官兵衛ゆかりの地の大きなパネルが立っています。
崇福寺黒田家墓所内の黒田長政についての看板


加美家製菓


黒田武士煎餅、黒田官兵衛どら焼きなどを販売。
加美家製菓
地下鉄空港線 唐人町駅(K05)から約5分、唐人町商店街の中。商店街の天神・博多側にあって、向いは最近オープンした高級食パン屋の乃が美。

黒田節煎餅と三笠(黒田官兵衛・長政焼き印つき)
名物の黒田武士煎餅は母里太兵衛が日本号を呑み取ったときの大盃をイメージした、杯の形(ちゃんと裏の高台まである!)の形をした玉子せんべい。普通の玉子せんべいとくらべるとちょっと甘さが強い感じ。日本号と黒田節の一節をデザインした焼き印か黒田官兵衛の名前が描かれた焼き印が押されています。サイズは小・大・特大の3つあり。

また、黒田官兵衛どら焼き(三笠)は、黒あんには黒田官兵衛、白あんには黒田長政の焼き印が入っています。
如水庵の「どら焼き~日本号~」と比べると一回り小さいけれど分厚くて、餡はずっしり(甘さはそこまで残らない)皮はもちっとしていて食べごたえがある感じ。

奥にはイートイン的なところがあるようです。

光雲神社


黒田官兵衛(如水)・長政を祀る神社
光雲神社本殿
地下鉄空港線 大濠公園駅(K04)から約10分、唐人町駅(K05)から約15分。福岡市博物館なら中央市民プールまでバスにのって徒歩10分。
西公園という公園になっている山にある、黒田官兵衛・長政を祀る神社。元々福岡城内にあったそうなのですが、明治時代に今の場所に移築とのこと。
境内入ってすぐ右手に黒田長政の水牛の角兜の像、その奥には母里太兵衛の像があります。
光雲神社内の母里太兵衛像

御朱印には黒田の藤巴の紋の印を押してもらえます。

「博多の海はかわらんね」という博多藤四郎の台詞とは違い、博多の沿岸線は時代によって結構変わっているそうなのですが、光雲神社のある西公園は官兵衛・長政の時代どころか鴻臚館のあった平安時代からあるそうです。

本殿右手奥に福岡市内を眺められる藤棚(多分)がありますが、自分の行った日は眺めがいまいち。残念。

ちなみに賽銭箱に小銭を入れるとちょっと面白いことがおきます。

金龍寺 貝原益軒墓所


福岡藩を代表する儒学者・貝原益軒の墓所。
貝原益軒墓所の銅像

地下鉄だと空港線 西新駅(K04)から徒歩7分、唐人町駅(K05)からは10分強。バスだと最寄は「今川橋」。
日本号の呑み取りのエピソードは貝原益軒の書いた「黒田家臣伝」が元になっているのですが、ちょうど今、福岡市博物館の企画展示室2(圧切長谷部、日本号を展示している部屋)にその「黒田家臣伝」の写しが展示されています。

Googleマップ先生にルート案内を頼むと紳士服のAOKIの角を曲がるよういわれますが、大きい通り(明治通り)沿いに大きな門(下の写真)があって、そこから墓所にいけます。
金龍寺入口

境内の中央付近に貝原益軒の像、その左横奥に貝原益軒夫妻の墓があります。
貝原益軒墓所



ここまで読んでくれた人に一つ、これまで出しそこねた小ネタを。
福岡市博物館のミュージアムショップに貼ってある、「福岡市博物館のグッズが熱い」というチラシの横バージョン(持っている実物を探したけれどみつからない)が、地下鉄中洲川端駅の川端側出口の上にある博多リバレイン7階の「文化芸術情報館アートリエ」(福岡アジア美術館のミュージアムショップ隣)の右奥「募集」と書かれたチラシ入れに三枚折りの状態で置いてあります。
福岡市博物館刀剣グッズチラシ
ちょっとした話のネタになるかもしれませんw
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