09
2015

燭台切光忠を見に、羽田空港ディスカバリーミュージアムに行ってきました

数日前から書いた通り、11/7、8に東京へ行ってきました。

元々は東京であるライブを見にいくついでに、燭台切光忠と獅子王を見にいこう、と思っていました。
が、残念ながらライブがキャンセルになってしまったので、そちらを旅の目的にすることにしました。時間が空いたので、代々木にある刀剣博物館にも行ってきました。
これから、その記憶を3回(予定)に分けて書こうと思います。

今日はその第一回、燭台切光忠を見に、羽田空港美術館ディスカバリーミュージアムに行った話です。

刀 燭台切光忠(鋒側から)
福岡空港から東京・羽田空港までは約1時間30分。
飛行機はANAだったので、羽田空港美術館ディスカバリーミュージアム(以下、ディスカバリーミュージアム)のある第2旅客ターミナルに到着しました。ANAは第2旅客ターミナル、JALは第1旅客ターミナルを使うそうなので、飛行機を使って行く場合は注意が必要ですね。

空港という都合上、ターミナルは左右に広く、ディスカバリーミュージアムはその端(P4駐車場連絡口近く)にあります。
ラッキーなことに、自分が到着したのはディスカバリーミュージアム側の手荷物受付場だったので、ところどころに貼ってあるポスターを見ながら、ほぼ迷わずエレベーターに乗って3階のミュージアムまで行けました。
「徳川家康 ~天下泰平の軌跡~」ポスター

羽田空港美術館ディスカバリーミュージアム入口
ディスカバリーミュージアム入口。広さは、福岡市博物館の企画展示室2つ弱といった程度(わかりにくい)。つまりそんなに広くはありません。
入場無料で、さらに展示の撮影も可能(当然ストロボは不可。他の展覧会は不明)という、すごいありがたい施設です。
ロッカー等はありませんが、入ってすぐにキャリーケースを置ける場所があるので、大きな荷物の保管に困ることもありません。

着いたのは昼前でしたが、主に審神者とおぼしき女性連れでなかなか賑わっていました。

入口で荷物を置き、カラー写真付きの作品目録を取って、さっそく鑑賞。
徳川家康が関ヶ原の戦いで用いた日の丸のついた軍扇や、家康が所用した槍、本展のポスターに使われている水戸黄門こと徳川光圀が所用した印籠などが展示されていました。 
このあたりは人もそんなにいなくてゆっくり鑑賞できます。写真も撮るには撮ったのですが、ケースの映り込みが激しくて、人に見せられるレベルに到達してないです。
金小札緋縅具足の内 兜 徳川家康所用 明珍信家作
指とか色々映り込んじゃってるけど、この徳川家康所用の兜はかっこよかったので、掲載。

兜の次が審神者にはメインとなる、水戸徳川家の刀剣帳「武庫刀纂」と「太刀 包永 児手柏(かねなが このてがしわ)」、そして「刀 燭台切光忠 伊達正宗所用」の展示。
この2つのケースは人が並んでいて、進みながら写真を撮りつつ見るという感じで、あまりゆっくりと見ることはできない感じでした。残念。

児手柏の横に展示されていた武庫刀纂のページ(武庫刀纂は前期・後期で頁替えがあるそうなので注意)。
武庫刀纂は水戸徳川家8代斉脩の命で編纂された水戸徳川家の刀剣帳とのこと。
武庫刀纂(児手柏の逸話の頁)
児手柏の長さなどの基本情報の他、「細川幽才が所蔵していて表裏が違うから『児手柏』という名前をつけたとか、神祖(家康)が関ヶ原の戦いで佩いた」ということが書いてあるようです、多分。
武庫刀纂(児手柏の長さ等、山城国の刀工)
ちなみに児手柏の前のページには国吉、吉光、宗近、宗近、来国光、二字国俊、来国俊と見覚えのある名前がずらっと書いてありました。

「水戸徳川家一の刀剣」という児手柏。
児手柏
表裏で刃文が異なっていたそうですが、関東大震災で焼けて鈍色の痛々しい姿。金色に光るところは鎺が溶けたもの、とネットで見ました。

児手柏の茎
茎には「包永」という銘らしきものが見えます。

児手柏の鋒
しかし万葉集から名前がつけられたとは風流ですね。

児手柏の横にはまた武庫刀纂。
武庫刀纂(燭台切光忠の長さ等?、と燭台切光忠のエピソード)
一番左のページには燭台切光忠に伊達正宗が燭台を切ったエピソードが書かれているようです。
燭台切光忠の横に置いてある武庫刀纂(刃文の図入り)
光忠の隣に置かれた武庫刀纂にはとても華やかな刃紋が描いてあるのですが、それが燭台切光忠のものなのか、別の光忠なのか(その右のページに書いてある「光忠」は反りなどから、燭台切光忠ではなさそう)が不明なのがちょっと残念。
燭台切光忠のキャプションには「(燭台切光忠は)関東大震災に遭ったが、『武庫刀纂』によって刃文を知ることができる」と書いてあるので、流れとしては燭台切光忠の刃文として見るのが普通なのでしょうが、前のページが別の光忠のようなので自信がありません。


そしておまちかねの燭台切光忠。
刀 燭台切光忠(茎側から)
こちらも関東大震災で焼けた痛々しい姿。
刃文は伺うことはできませんが、反りがあまりなくて、「すっとして細身だなー」という印象を受けました。
あと、樋がしっかり入ってそれが残っていました。
燭台切光忠の茎とキャプション

燭台切光忠の鋒あたり
焼けてしまっているとはいえ、現存している、というのはうれしいですね。

燭台切光忠の後は家康所用の碁盤「舞葡萄」や絵巻、琉球楽器(琉球王国が御三家に献上したもの)などが展示されていました。

碁盤 銘 舞葡萄 徳川家康所用
碁盤にも「舞葡萄」という銘があってびっくり。たしかに葡萄っぽい模様が入っていました。


本当はもっとゆっくり見たかったし、帰りにもう一度見に行くことも考えましたが、時間が無かったので断念。無念。

前期は明日10日まで。明後日11日が展示替えのため休館で、12日から12月13日まで後期展示だそうです。
燭台切光忠と児手柏、あと徳川光圀所用の印籠などは後期も展示するそうなので、行ける方はぜひ行ってみてください。
水曜日の14:00、16:00は申し込み不要のギャラリートークがあるらしいですよ。
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